GUEST INFORMATION
北村 勇人
株式会社北村商店 代表取締役
株式会社北村商店 代表取締役
http://www.kitamura-s.co.jp/
日本酒をメインとした醸造機器用品薬品等の商社、1911年創業の株式会社北村商店五代目。
日本酒の普及、関わる酒蔵様の酒質向上に向き合っていきます。
1:溶ける米と杜氏の技術
株式会社北村商店 代表取締役 五代目 北村勇人氏は新卒でサイバーエージェントのインターネット広告部の部署に所属しIT業界の経験を経て2016年に家業である北村商店に入社する。就社後は酒作りの現場を深く理解するために長野県の酒蔵で1年修行し、その後広島県にある酵母やお酒全般の研究を行っている独立行政法人 酒類総合研究所で2ヶ月間研修を受けたそうだ。入社するまでは現場での仕事を見ていなかった為、FAXでのやり取りや長時間の労働などIT業界との環境の違いに戸惑いはあったものの実際の製造現場を経験することで、日本酒への理解を深めていった。また、現場で経験を重ねたことによってお客様と対峙するときの説得力が増し、寄り添った話もできるようになった。例えば、日本酒の醸造工程で並行複発酵という糖化と発酵を同時に進行させる発酵法を用いるのだが、米の主成分であるデンプンを麹の酵素で糖化し、糖化によって生成したブドウ糖を酵母の作用で発酵させるので、最初の米がどんどん分解されていく。この菌が分解してくれる発酵の工程を業界では「溶ける」と言い、今年の米は硬いから溶けにくい、今年の米は柔らかいから溶けやすいなどの使い方をするのだが、最近は温暖化による高温障害が米の品質に影響をきたし、硬くなれば溶けにくくなるためどうやって溶かしていくか、どうやって発酵するかと試行錯誤をしながらこの課題に向き合っている。しかし、ワインの様に「今年のブドウはこうだったから出来がこう」みたいなものは日本酒には通用せず、その酒蔵の銘柄の味を変えてはいけない技術で合わせていく、それが製造責任者の杜氏の腕の見せ所だというから痺れる。「どんな米だろうがウチの酒の味は変わらない、変わらせない」と、気迫すら感じさせる杜氏の仕事があるからこそ、いつ何時も同じ味で楽しめる日本酒にはビンテージというものがないと教えてくれた。日本のその忠実で実直な技術は本当に素晴らしいと誇らしささえ感じてしまう。
2:熟と燗
2022年10月に元ボストンコンサルティンググループ(BCG)日本代表の御立尚資氏と、銀座で熟成酒のBARを長年やられていた上野伸弘氏と共に日本酒の熟成酒を広げたいと「株式会社熟と燗」を立ち上げた。日本酒にも熟成酒ってあるんですねと思わず聞くと「あるんだと言われるくらい広がっていない」と本人も言うほどではあるが、馴染みがないだけではなく日本酒はフレッシュな状態で飲みたいという考え方の人が大半なのでは無いだろうか。しかし、他のお酒同様に熟成させることで丸みが出たり、甘みを強く感じたりと化学的物理的な変化が経年によって出てくるのでそこを楽しんでもらいたい、そういった文化をもっと広めたいという気持ちから立ち上げたそうだ。熟成の定義は大体3年以上のものだが、その熟成法は2パターンあり1つはタンクに入れっぱなしにして熟成する方法で、このタンクは皆さんが想像するあの大きなハシゴがついたタンク、あれである。もう1つはボトリングされたままの瓶の中で熟成させる瓶熟と呼ばれる手法だがこれには幾つか方法があり、マイナス5度で熟成させあまり変化をつけずに丸みだけを引き出す方法、年間20度くらいの常温を保ち置いておく方法。この2つを実際に出して比べてみると色も香りも味も全く異なるそうだ。常温の方は日本酒に含まれる成分がメイラード反応を起こしどんどんカラメル色に変化していくのだが、マイナス5度の低温熟成の方は色も香りもほとんど変わらないがアルコール特有の舌にピピリっとする感覚が減りアルコールの分子を水の分子が丸っと包み込んでくれるため舌触りがまろやかになるそうだ。この方法はずっとマイナス5度を保ち続ける必要がありコストがかかり高価になるが1度飲んでみたくなるのは言わずもがなである。尚、オリジナルの熟成酒が3蔵から販売することが決まり、BARの熟と燗で飲める他、オンラインでも購入可能とのことなので是非チェックしていただきたい。
3:クラフトジン
酒蔵にとって自分たちが必要な存在としてやらせていただいている中で、今後どういったバリューを出していって存続をしていくかは、今流行りのものを伝えるマーケティング要素、ブランディングの提案といったコンサルティング的な部分を今後は重点にやってきたいと教えてくれた。そして、業界に長くいる人たちにとっては下がっていっている状態をずっと見てきている、どうやってテンションを上げてもらえるかを常に考えお酒を広めていくために明るい話題を日本酒業界に吹かせたいと意気込みを伝えてくれた。そこで今、北村氏は新たな挑戦としてジンの蒸留所のプロデュースを担っている。ここ数年で加速度的に増えているクラフトジンだが日本の特徴を出しやすい点もここまで一気に広がった要素であるそうだ。ジンの定義として穀類を原料として作られた蒸留酒に、ジュニパーベリー(杜松の実)や他のボタニカルを加えて風味付けしたお酒のことを指すのだが、ボタニカルの部分を日本特有のゆずや胡椒、山椒なども相性が良く日本ぽさも感じられることから海外でも人気となっている。また小さな規模で作ることができるため首都圏でも結構立ち上がっていて今後も増え続ける可能性が高いそうだ。熟成酒とクラフトジン、今後の飛躍が非常に楽しみであり注目していきたいと思う。
北村氏は100年以上も続く家業の五代目として「続けることに意味がある」と考え、先代からも一つのことに縛られすぎないで良いと言われていることもあり、醸造や酒作りという軸足はブラさずに今後はもっと伝統産業であったり日本酒の文化が広がるような商社機能だけではなく違うことにも挑戦したいと次の世代にバトンタッチできるように備えていきたいと話していた。別の業界での経験なのか家業の商社マンとしての才能なのかは定かではないが北村氏は兎に角、誰かのために動く人だと感じた。そして誰よりも日本酒と酒を愛する人でもある。日本酒には様々な香りや味があり、飲み方も組み合わせれば未知数で、好みの銘柄がきっと見つかるはずだが、それを見つけられる場所や知識がある人が身近に増えれば良いなと思う。「とりあえずビールで」は化石化したワードではあるが、日本酒の好きな銘柄で乾杯するなんてオシャレで粋だなと思った。何はともあれ、私も業界を盛り上げるために微力ではあるが日本酒をどんどん飲もうと固い決意をした。決して飲みたいだけの言い訳では無いので悪しからず・・・。