GUEST INFORMATION
長崎 良太
ビルボード事業本部 企画制作部長
ビルボード事業本部 企画制作部長
https://www.billboard-live.com/
大学在学中にブルーノート大阪でのアルバイトをきっかけに音楽業界入りし、ブルーノート名古屋の立ち上げ・責任者として多くのジャズレジェンドを招聘する。2013年に阪神コンテンツリンクへ移籍し、現在はBillboard Liveのブッキングおよび企画制作全般を統括。洋楽・邦楽を問わず幅広いアーティストのステージをプロデュースし、Billboardブランドのブランディングに取り組んでいる。
株式会社阪神コンテンツリンクは阪急阪神ホールディングスグループの一員でビルボードのライセンスを取得しBillboard JAPANの運営やビルボードライブの企画・運営などを行っている。長崎氏はビルボード事業本部に属し、音楽チャート「ビルボード」の日本版であるBillboard JAPANを運営する部門、またはその関連事業を統括し、その他にも音楽イベントの企画・制作、グッズ販売、広告事業など、幅広い事業を展開している。
1:850日
ビルボード事業本部は様々な事業を展開しているが長崎氏は主にライブ事業を手掛け、東京、横浜、大阪に所有するライブ会場にて国内外問わず多くのアーティストのライブを実施している。また、アメリカの音楽チャート「Billboard」の日本版として、様々な音楽チャートや音楽ニュースを発信し、ビルボードチャートの日本版のジャパンチャートのデータはマーケティングデータとしてテレビ局などに提供され音楽番組や情報番組でトップテンや年間何位などのランキングとして使用されている。オーケストラをバックにトップクラスの歌唱力を持つ実力派のアーティストとのコラボレーションを中心にジャンルを超えた音楽体験を提供するビルボードクラシックスも展開するなど多岐に渡る。その中でも主に担当しているのがビルボードライブの運営だが「年間850日ほど稼働している」と話すが会場が3箇所、公演も3回以上行うため、1年は365日の中で1人の人間が過ごす日数のおよそ2倍強を長崎氏は動いていることになる。その理由としてビルボードライブの特徴の海外アーティストと国内アーティストのブッキングの割合が約3:7である事も大きく影響してるようだ。海外アーティストの招聘にはまずは出演交渉、その後に事細かに記された相当な厚みのある契約書のチェック後に契約を交わし、送金、ビザ取得など多くの事務作業が必要で一括りに運営と言っても、3ヶ月ほどの地道な作業を経てようやくライブ当日を迎えることができる。準備期間の半分を占めるペーパーワークをチームで手分けをするが同時進行でいくつもの案件を進めているため頭の中はいつも3ヶ月先のことでいっぱいだそうだ。
2:救世主
自分たちで会場を持っていることは自由自在に演出もでき融通が効くので最大の強みだと話す3箇所ある会場の特徴を教えてもらった。東京のど真ん中に位置する六本木はゴージャスで華やかなイメージそのままに、音楽にとって特別な地と話すように昔から脈々と続くレガシーを意識しているそうだ。大阪は、本社が近いこともあり本部としてその名に恥じぬよう上質な会場にしている。最後の横浜は2015年から企画を始め2020年4月の開業を目指しオープニングラインナップも豪華なアーティストをブッキングしていたがコロナが発生、2月頃までは楽観視していたが状況が目まぐるしく変わりオープンは難しいと決断したのが3月だった。その後も緊急事態宣言などが発令され不要不急の外出は控えるようになり終わりの見えない出口のないトンネルの中に入り込んでしまったような感覚に陥る。しかし、7月に人数制限やキャパの縮小など規制はある中でもライブができるかもしれないと状況が好転すると長崎氏はすぐに動き出す。いろいろな人に電話をし話をしている中でMISIAがこけら落としで出してもらえるならやりたいと言ってくれたことで2020年7月に開業を果たす。国が定めたルールを完璧に守り、賛同してくれたお客さんも来てくれた。MISIAはオープニングから1~2曲はマスクをしたままで歌唱をしアンチテーゼの姿勢を示しながらも、それでもやるという強い意志を持ちながら歌うその姿はたくさんの人が元気をもらい業界全体も勇気をもらえたはずだ。当時のあの状況の中での開催はバッシングや叩かれるなどのリスクがあるのも承知の上だったと思うが、同時に怖さもあったと思う。その中で彼女が引き受けてくれた事で一気に勢いがつきエンタメ業界、音楽業界が同じ方向を向いたような感じがあったと、「足を向けて寝れないです」と話す通りに、コロナ禍に見舞われ延期を余儀なくされたが最高の立ち上げとなった。
3:アーティストのケア
25年間ブッキングの仕事に携わり今までの総ブッキングアーティスト数は数えきれないほどだそうだが、その中でも20代~30代前半にジャズジャイアンツと呼ばれるジャズの歴史において重要な役割を果たした著名なミュージシャンたちとの仕事はケアの仕方やトリートの考え方など今も強烈に影響を与えていると話してくれた。今のようにSNSやYouTubeがない時代にTVやメディアに一切出ずCDの中でしか生きていない本当に実在するのかと疑ってしまう様なアーティストを空港に迎えに行くと目の前に現れるという経験はすぐに情報が手に入り見えてしまう現代では考えられないがその分、当時の本人に会えたという衝撃と感動は相当なものだったと思う。その実在しないのではと思ってしまうほどに偉大なアーティストの来日中のケアをするとなるとかなりの緊張感を要するのではと聞くと、ピアニストの心臓とも言える指に負担を与えないように荷物は持たせない、車に乗る時は運転手に何キロで走ってくださいと安全運転中の安全運転で走行をしてもらうなど来日中は勿論のことだが、さらに日本公演後にワールドツアーが控えていた場合はそのプレッシャーは凄まじいものがあると話してくれた。昔、エリック・クラプトンのバックバンドとしてドラムを担当していたアーティストが朝のジョギング中に転んでしまい「骨折したかもしれない」と連絡が入り来日中の外国人は保険が適用されず当時は診察費、治療費もクレジットカードで払えず現金のみだった為、ありったけのお金を持って長崎氏も急いで現地へとタクシーで向かい救急病院へ同行したそうだ。レントゲンを撮り今日から続く本番をどうしようと不安なまま待っていると「なんともないですね」と医師から言われ幸い骨折はしていなかったそうだがその後のツアーにも影響を及ぼしていたかもしれないことを考えると生きた心地がしなかっただろう。
ブッキング、運営がこれほどまでに長い準備期間と細やかな配慮を要するとは想像以上であったが、なぜこの業界に長きに渡り居るのか、長崎氏にとって音楽とは。後編は長崎氏のココロの中を聞いて…聴いてみたいと思う。
